相続人が印鑑証明書を提供しないときに、司法書士が遺産分割協議書真否確認判決を得て、登記先例(昭和55年11月20日民三6726号民事局第三課長回答)に基づき解決した事例


Ⅰ.テーマ



遺産分割に基づく相続を原因とする所有権移転登記(以下、「相続登記」という。)の申請には、遺産分割協議書とともに印鑑証明書を添付しなければならないという固定観念がある。

そのため、相続人が印鑑証明書を提供しない場合は、整備するまで手続を停止しておくのが一般的である。

しかし、相続人に協力する意思はあるのに物理的事情でそれができない場合、代替策はないかが本稿のテーマである。


Ⅱ.事案の概要


本案件は受任してから終了まで約4年を要した。途中で新型コロナウイルス感染症拡大という不測の事態が発生し、これも長期化の一因となった。

依頼者(以下「X」という。)は定年を迎えた60歳過ぎの男性である。Xの亡父が所有していた土地と建物について相続登記が未了であったため、その相続登記申請手続きを受任した。相続人は7人おり、Xは亡父名義の不動産を単独で取得したいという意向を有していた。相続人の一人である30代前半の姪(以下「Y」という。)は、Xが単独で取得することに同意していた。

しかし、Yについては、登記申請手続に必要な書類の取り付けが難航した。最初に住民基本台帳を調査した際、住民登録上の住所は出国先の都市名までしか記載されておらず、居所を特定できなかった。その後、数度目の調査で仙台市内の実家に住所が変更されていることが判明したが、実際には依然として長期間海外に居住しており、その居住先を把握することはできなかった。

Yの母は居住先を知っていたが、Xに対する感情がこじれており、教えることを拒んだ。そこで、不在者財産管理人選任の申立てを行った場合には、最終的にYが費用を負担する可能性があることを説明し、なんとかYの電子メールアドレスを聞き出すことができた。電子メールで遺産分割協議書を送付したところ、署名・押印された原本が返送された。

しかし、Yが印鑑登録をしていないことが判明した。Yは令和1年末に一時帰国した際、印鑑登録を試みたものの、時間が足りず登録できなかったという。その後、新型コロナウイルス感染防止のための移動制限により帰国のめどが立たなくなった。そこで、大使館で署名証明を受けるよう依頼したが、1年近く経っても応答がなかった。

何とか打開策はないか調査したすえ、民事訴訟を利用する方法を考えた。

判決書があれば、Yの印鑑証明書を準備しなくて済む。

また、この方法は、遺産分割調停手続きと違い、他の法定相続人はかかわらなくてもよいので、既に協力し終わったと思っている他の5名の相続人に迷惑をかけないですむ。

法務局は印鑑証明書と実印を押した遺産分割協議書の提出を、相続登記申請手続の要件としているところ、印鑑証明書を提出することに代えて、Yが提供した遺産分割協議書がYの意思により真正に作成されたことを、裁判所が確認したという判決を出してもらう。

この判決書を法務局に提出すると、法務局は所有権移転登記を実行するという登記先例(昭和55年11月20日民三6726号民事局第三課長回答)がある。

Xと相談した結果、XがYを被告として、遺産分割協議書の真否確認の訴えを提起することにした。Yには、予め、印鑑証明書を準備しなくても済む効果をもたらす便法だと説明して、提訴に理解を求めた。

ただし、この請求が認容されるかは、裁判所が具体的事情をふまえて事案ごとに判断するため、不透明であった。


Ⅲ.問題点


1.管轄

司法書士である私が、代理人になって訴訟行為を行うことが可能かは、事物管轄が簡易裁判所であるか否かによる。

訴額の算定については、本案件の訴えで主張する利益は何かが問題になる。

もし、訴訟の目的の価額を算定することが極めて困難なときは、民事訴訟法8条は、その価額は140万円を超えるものとみなすと規定している。

そうすると、遺産分割協議書真否確認請求事件は地方裁判所の管轄になるのではないかという疑念があった。

この点、「訴額算定の根拠について」と標記して、次の内容を記載した書面を訴状とともに、簡易裁判所に提出したところ、そのまま簡易裁判所に配付された。

⑴ 訴訟の目的の価額は「訴えで主張する利益」によって算出するとされている(民事訴訟法8条)。

「訴えで主張する利益」は、原告が全部勝訴判決を受け、その内容が実現されたときに直接的にもたらされる経済的利益を客観的に金銭で評価した金額をいう。

⑵ 遺産分割協議書の真否確認の訴えにおいては、遺産分割協議書で取り上げた財産が、評価の対象になると考える。

本件遺産分割協議書で取り上げた財産は、不動産の所有権(以下、「本物件」という。)である。

⑶ この確認認容判決で原告に直接的にもたらされる経済的利益は、下記のものと考える。

本件遺産分割協議の内容は、原告が単独で、本物件を相続するというものである。

そして、被告以外の法定相続人からは、その内容の遺産分割協議書の提供を受けている。また、印鑑証明書の提供を受けている。

被告については、その内容の遺産分割協議書の提供を受けている。しかし、印鑑証明書の提供を受けていない。

もし、被告が印鑑証明書を提供したとしたら、原告は、本物件について相続による所有権移転登記手続きを法務局に実行してもらうことができる。

そして、原告は所有者として対抗要件を取得する結果、完全に処分が可能となり、本物件を売却などができる経済的利益を受けうるようになる。

ところで、被告の法定相続分は24分の2である。

そうすると、本物件の24分の2が、原告に本件確認認容判決で直接的にもたらされる経済的利益に相当すると考える。

⑷ そして、本物件の固定資産税評価額の24分の2である34万9196円が、この経済的利益を客観的に金銭で評価した金額にあたると考える。

 なお、土地を目的とする訴訟については、固定資産税評価額に2分の1を乗じた金額を基準とする暫定措置が取られているので、これを適用した。

前記の金額は、下記の算定表により算出した。


2 送達を実現して、訴訟を継続させるにはどうするか。

送達の目的は、名宛人に対して訴訟書類の内容を了知させ、または了知する機会を与えることにある。送達は、送達を受けるべき者の住所、居所等においてするのが原則である。住所とは、生活の本拠をいう。

被告の住民登録上の住所は仙台市内にあるが、長期間不在で、2年以上にわたり外国に居住している。

また、被告は居所を知られることを嫌い、現在の所在を明らかにしないため、手続上の問題が生じている。

この点、実質的に被告に訴状が届くかが重要な基準であると考えた。

私は同居者である被告の母に受領してもらうという補充送達を試みることにした。

仮に、同居者が受け取りを拒んだ場合は、差し置き送達が行われるかは不明だった。

そこで、予め、母に手紙で訴状を受け取ってもらうことと、電子メールにより訴状を被告に送信することをお願いしておいた。

そうしたところ、母が訴状を受け取った。

3 確認の利益について

紛争解決のために確認判決が必要であり、かつ、確認判決が紛争解決にとって適切であるかが問題になる。

それは当事者間の具体的事情を考慮して、裁判所が決定するとされている。

この点、被告は新型コロナウィルス感染が沈静すれば帰国できる。被告は帰国すれば、印鑑登録をして印鑑証明書を提供するつもりでいる。そうすると、確認判決の必要性は低いとも考えられる。

一方で、新型コロナウィルス感染が沈静したとしても、帰国するかは不確実である。

また、遺産分割から2年以上、権利関係の公示がなされないままにしてある。

そうであれば、確認判決は必要かつ適切であると判断されるのではないかと考えた。

次に、被告以外の相続人の遺産分割協議書と印鑑証明書を書証として提出した。

それは、訴訟要件たる確認の利益の判断は職権探知事項であるところ、裁判官が確認の利益を判断するのに必要と考えたからである。

4.訴状の記載

訴状の作成について手本となる書式がなかった。

次の「請求の趣旨」を記載したところ、裁判官から補正の命令はでなかった。

請求の趣旨
1 原告と被告との間において別紙記載内容の「遺産分割協議書」が真正に成立したものであること を確認する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。  

請求の原因となる要件事実は、どう記載するのが適切か。

手引書を探したが無かったので、法理論をあてはめて自分で作り出した。

次の記載をしたところ、裁判官から補正の命令はでなかった。

請求の原因

1 別紙物件目記載の土地と建物(以下、「本件土地建物」という)に亡F名義の所有権移転登記がある(甲第1号証)。

2 相続があったこと
(1)Fは、平成19年1月23日死亡した(甲第2号証)。
(2)f1は、Fの配偶者である(甲第2号証)。
(3)A、B、及びXは、Fの子である(甲第2号証)。
(4)Aは、平成16年11月9日死亡した(甲第2号証)。
(5)a及びYは、Aの子である(甲第2号証)。
(6)Bは、平成21年2月1日死亡した(甲第2号証)。
(7)b1は、Bの配偶者である(甲第2号証)。
(8)b2及びb3は、Bの子である(甲第2号証)。

3 遺産分割協議の合意が成立したこと
令和2年1月1日、上記亡Fの相続人間で遺産分割協議の合意が成立した(甲第3号証から甲8号証)。 その内容は、原告が本件土地建物を単独で相続するというものである。

4 遺産分割協議書の存在
⑴ 別紙記載内容の「遺産分割協議書」が存在する(甲第3号証)。
⑵ 別紙記載内容の「遺産分割協議書」は、令和2年1月1日、被告の意思により作成された。
⑶ 別紙記載内容の「遺産分割協議書」の印影は被告の印章によるものである。

5 確認の利益
⑴ 被告以外の相続人は原告に対し、遺産分割協議書と印鑑証明書を提供した(甲第9号証から甲13号証)。
⑵  被告は原告に対し、印鑑証明書を提供しない。
⑶  遺産分割協議により相続人の一人が権利を取得した場合における相続登記の申請は、遺産分割協議書のほか、その協議に加わった者の印鑑証明書を添付することを要し、上の印鑑証明書が得られない場合はこれに代えて遺産分割協議書が真正に成立したことを証する判決を添付してこれをすることができる。
したがって、本件土地建物の所有権者である原告は、所有権移転登記をするため別紙記載内容の「遺産分割協議書」の真正なることの確認を求める必要がある。 よって、原告と被告との間において別紙記載内容の「遺産分割協議書」が真正に成立したものであることを確認することを求める。

5.戸籍謄本原本の提出の要否について

人事訴訟では重要な証拠方法として、原本を提出しなければならないところ、民事訴訟では、写しでもよい。

そこで、登記申請手続きに原本を使用する必要があるため、原本は提出しなかった。


Ⅳ.判決書



Ⅴ.結び


本件で民事訴訟を利用したことは、総合的観点から妥当であったといえる。

制度は市民の利益のために活用されてこそ意義がある。

本コラムが、司法書士の実務において、遺産分割協議書真否確認訴訟を一つの選択肢として実際に利用可能な手段とすることに寄与できれば幸いである。